許容-あまえ-

後でいいやと思っていたら忘れたままでこの時間。
半年以上のブランクがあっても概ねいつも通りではないでせうか。
拡張の余地がないとも言う。

俺の名前は空沢光司。
どこにでもいるような、ごくごく平凡な一般人である。
自分で言うと説得力がないかも知れないが、俺はそう信じている。
その、はずである。


「よく似合ってるよ、光司」
上品なドレスをナチュラルに着こなして満面の笑みを浮かべているのは、俺の恋人――夜舞月綾葉。
俺もその隣に立っても違和感のないような格好をさせられているが、服に着られるってのはまさにこういう状態を指すんだろうな。
「……脱ぎてぇ」
ため息と共に吐き出した台詞に綾葉が敏感に反応して頬を膨らませる。
「そーゆーこと言わないの。せっかく父様が『たまには贅沢してきなさい』って言ってくれたのに」
夜舞月家はいわゆる金持ちというやつであり、綾葉の父様――真樹さんの娘への誕生日プレゼントが、昼間からこんな着飾っている理由につながるわけだ。
「身の丈に合わない贅沢は身を滅ぼすらしいぞ」
「むぅ。光司は嫌なの?」
「嫌だとまでは言わんが……ドレスコードがあるような店に縁のない一般庶民としては、未知なるものへの恐怖が大きい」
綾葉と付き合い始めてから、ここまで直接的にブルジョワちっくな面を見たのは初めてかも知れん。
嗚呼小市民。
「……迷惑だった?」
その上目遣いは、出会ってからどれだけ経ってもクリティカル。
「だったら着替える前に断ってるよ」
「……うん、そうだよね」
「ただ、次からはなるべく気軽なとこで頼む。綾葉と一緒なら、ファミレスとかでも気にしないからさ」
「……光司」
あ。ちょっと恥ずかしいこと言ったな?俺。
「へっへー。こーじー」
「ああもう」
再び満面の笑みを垂れ流しだした綾葉が勢いよく腕に抱きついてくる。
ほんと、昔っから変わらん。
「あのね、確かにちょっと堅苦しいけど、すっごくおいしいんだよ」
「まあ、その辺は真樹さんを疑う気もない」
見てる方が軽く引くぐらいに娘を溺愛してるからな。
最近はその愛が俺にも向いているが……義理の息子扱いなんだろうな、やっぱり。
「しかし、美味いもん食べるだけなら綾葉の家で御馳走になるだけで充分だろ」
「ゔ。母様を引き合いに出されると反論できないなー」
夜舞月家の食事にはもう何度もお呼ばれしているが、はずれがないと言うか、何が出てきても美味いとしか言いようがない。
付き合い始めてからずっと綾葉の弁当を食べて舌が肥えてしまった俺からしても、だ。
綾葉は綾葉で俺の好みを完璧に把握してるから美味いに決まってる。
「母様の料理は晩ごはんに、ということで。たまには外食もいいよね」
「綾葉の好きなようにすればいいさ。今日はそれが許される日だ」
「へっへー。とか何とか言って、いっつもあたしのワガママに付き合ってくれるじゃん」
「否定はしないが」
振り回されるぐらいが俺には……いや、俺たちには合っている。
「ワガママだって自覚してるなら少しは遠慮しろよ」
「それはできない相談だよ。光司が迷惑じゃなきゃあたしはやりたいようにやるし、光司の『しょうがねぇなぁ』も聞きたいもん」
「ったく、しょうがねぇなぁ」
綾葉に対する『しょうがねぇ』は妥協というよりも多分に甘やかしである。
だが、それでいい。
ワガママを言われるというのは、必要とされているのを実感できるから。
「そんな光司が大好きだよっ」
「知ってるよ」


――綾葉のワガママで気持ちが通じ合う、日常とさほど変わらぬバースデー。