真心-せいい-

そろそろタイトルのネタがない。
内容は先に書いた通りソレでアレ。

俺の名前は空沢光司。
それなりに名の知れた大学に通う、大学二年生だ。
3月14日、ホワイトデー。
何の因果か、綾葉へのお返しのお菓子作りを綾葉に習うことになってしまった。


「うん、おっけー」
神妙な顔をした綾葉から、何とか合格をいただきました。
「片付けは後にして、できたての内に食べちゃお。お茶いれてくから先に部屋行ってて」
「了解」
綾葉に言われるがままに、クッキー山盛りの皿を持って2階、綾葉の部屋へ。
お茶の用意も俺がすべきだと思うが、気にしない。
「お待たせー」
一息ついたところで、トレイを抱えた綾葉も上がってくる。
「それじゃ、食べてもいいかな」
紅茶を置いた綾葉が、期待のこもった目で皿を見つめる。
「どうぞ、召し上がれ」
「わーい、いただきまーす」
さっき味見しただろう、などと無粋なツッコミを挟んではいけない。
「ん。うん、おいしいよ」
「そいつは重畳だ」
綾葉が満足げに2枚目のクッキーに手を伸ばすのと同時に自分でも1枚口の中へ放り込む。
「んー、まあまあだな」
特にどうということもない、初めてにしては無難な出来。
「光司、光司。あーん」
「はいはい、あーん」
口を開けて待っている綾葉に食べさせてやる。
「だぁっ、指ごと頬張るなって」
「へっへー。うまうま」
「ったく。そんなに美味いか?」
自身への評価であることを差し引いても、綾葉が恍惚とした表情を浮かべるほどのものではないと思う。
「光司の愛が詰まってるのに、まずいわけないじゃん」
「左様で」
真顔で言い切られると、コメントのしようもない。
残念ながら、俺の愛は俺の舌に伝わってこない。
ま、綾葉にさえ伝われば今日の趣旨としては問題ないだろう。
「光司は、ほふふひへひ」
「リスかお前は」
口の中に物を詰め込んで喋ろうとするな。
「んぐ。光司は、料理してみてどうだった?」
「そうだな。綾葉が喜んでくれるのは確かに嬉しい」
「うんうん」
「が、頻繁にやるのは面倒で駄目だな。俺には向いてない」
今日は隣で綾葉が指示してくれたからできただけだ。
「そっかー。じゃあ光司の胃袋はまだあたしのものだね」
「否定はしない」
自炊なんかできそうにないことはよくわかった。
それとは関係なく、数年かけた調教の成果で綾葉の料理に舌が慣れてしまっているのもある。
「でもさ、たまには並んでキッチンに立つのもいいよね」
「どうかな。俺は見てる方が楽でいい」
「……ええ、はい。ダーリンが家事を手伝ってくれなくて」
裏声でどこか遠くの人に相談し始めた。
「人には得手不得手があるんだよ、ハニー。単純作業ならちゃんと手伝ってやる」
料理というのが性に合わないのだ。
家事を全くやらない駄目亭主みたいになるつもりはない。はずだ。
亭主とか言うな。
「……光司、もっかいハニーって呼んで?」
「食いつくのはそこか」
「おねがい、だ〜りん」
上目遣いでおねだりされては、抗う術などない。
「愛してるよ、ハニー」
「あたしも愛してるよっ、ダーリン!」
クッキーのことなど頭からすっぽ抜けたように抱きついてくる綾葉を受け止める。


―――呼称を変えてみるだけで幸せになれる、相変わらずおめでたいバカップルの一日。