向上-きみへ-

ホワイトデーの話がどっかへ行った。わお。
いつもいつも好き勝手動きすぎですな、この2人は。
まぁ、おかげで何年経っても書き続けられるわけですが。

俺の名前は空沢光司。
それなりに名の知れた大学に通う、大学三年生だ。
いつも通りのデートで喫茶店
が、いつもとは違うことになっている。


「うぅー……みーなーいーでー」
対面の席で、手櫛で必死に髪を撫で付けているのが俺の恋人――夜舞月綾葉。
長い付き合いの中で初めて見た、待ち合わせに遅刻してくる姿。
俺の方が早いというだけでも数えるほどしかないのに、珍しいを通り越して何かあったんじゃないかと心配にすらなる。
最低限の身だしなみだけで飛び出してきたことは現状を見ればよくわかる。
「見られたくないなら洗面所でいいんじゃないか」
とりあえず綾葉の意思を尊重して、視線を逸らしながら言う。
「見られたくないけど光司と一緒にいたい乙女心なの」
「左様で」
俺には搭載されていない乙女心なる機関については、想像の余地もない。
ぐぬぬぬぬ……ぅ。この辺が最低ラインかな」
「何の?」
「デートの格好としてあたしが許せる範囲」
まあ、言われなきゃわからん程度に整ってはいる。
元がいいから多少は目を瞑ってもいいとは思うが……そんな妥協ができる性格じゃあないわけだ。
「髪を下ろしてると新鮮だな」
「意外とアレって綺麗にまとめようとすると時間かかるんだよねえ」
相変わらずの白鳥っぷりだ。俺ですらこういうことでもなきゃ水面下を覗けない。
「……やっぱすごいわ、お前」
「あによう」
「何でもない。軽い確認作業だ」
俺の彼女はこんなにいい女なんだぜ、と。
「じゃあ、手出して」
「何故」
疑問を挟みつつも大人しく言われた通りにする。
「あたしも、確認作業」
うにうにと手の平をいじくってくる。
時折意味のわからない行動に出るのはいつものこと。
いちいち真意を問うていてはキリがない。
「あたしが頑張れるのは、この手のおかげだから」
わかるようなわからんような。
そんなんじゃないと卑屈に謙遜しなくなっただけ俺も成長したと言えよう。
……この、綾葉の手のおかげで。
「それじゃ、そろそろ行こっか。今年も光司の手料理?」
「アレは去年で懲りた」
「ちぇ、残念」
手に手を取って、立ち上がる。
さて、今日も二人で過ごす一日だ。


――互いの何かを再確認した、春も近いそんな日。