『夏だ!海だ!無人島漂流』

これは予想以上に難産でした。
軽い響きに反して、無人島漂流がどうあがいても明るい話にならない。
遊びに行くならまだしも、漂流て。
イチャイチャせずにシリアスにすればいい、などという意見は無視します。
それはともかく、ヒロインの属性色々考えるのは楽しくて仕方がありません。

青い空、白い雲、陽射しを浴びてきらめく水面。
夏である。絶好の海水浴日和である。遊ぶには最高のロケーションである。
――ここが無人島でなければ。


三十分もあれば一周できてしまうような小さな無人島。
実際に一周したから無人島だと断じることができたわけで。
ついでに猛獣の類と遭遇しなかったおかげで若干の安心は得られたが。
「何か見えた?」
「いんや。海しか見えね」
傍らで同じように目を凝らしているポニーテールの少女にため息を返す。
数日前までは見ず知らずの他人であったが、今では気楽に会話を交わせる仲である。
乗っていた船が台風の直撃を受けて難破し――現代日本でこの単語を使うとは思わなかった――流れ着いた先がこの島である。
「そろそろ諦めてもいいんじゃないかなー」
「なんの、まだまだ。人生ってそう捨てたもんじゃないさ」
「あはは。また大げさなこと言っちゃって」
朗らかな笑顔に、こんな状況でもときめいてしまう。
可愛いは正義、なんて言い回しはある種の真理を突いている。
正義とは時として暴力的なものである、という点を含めて。
「ちくしょう、人の不幸を笑いやがって」
「やだなあ、性格悪いやつみたいに言わないでよ。
ちょろっと利害が一致してないだけじゃん?」
「俺の苦境を喜んでるのは事実だろうよ」
水平線に通りすがる船影を探すのをやめ、改めて隣の少女に向き直る。
美少女だ。俺の人生で出逢ったことのないくらいの。
ついでに言えば生まれつき脚のない少女と今まで出逢ったこともないし、水中で呼吸できる少女と出逢うのも初めてだ。
――人魚。魚類のような下半身を持った少女を表すのに、これ以上適切な語彙は持ち合わせていない。
嵐の海に放り出されたところをこの島まで引っ張ってきてくれたというのが事実ならば、ある程度の信憑性はあるが。
未だにその存在に対して半信半疑でいる程度の常識は保っている。
「苦境ってほどでもないでしょ。吹っ切っちゃえば楽になれるのに」
「簡単に吹っ切れるほど適当な人生でもないんだよ」
御伽噺に語られるのが頷ける美貌と、御伽噺にもならない胡散臭さ。
後者の最たる例が、
「人魚と結婚、だなんてそうそう受け入れられるかっての」
求婚である。
人魚の美意識はよくわからんが、彼女曰く初対面でプロポーズしたくなるほどイケメン、らしい。
そこまで言われて悪い気はしないし、こちらからすれば騙されていても構わない程度の美少女だ。
彼女の下半身が魚類でなければ、喜んで食いついていただろう。
「受け入れちゃってから考えてもいいじゃん、ね」
「よかねえよ」
人魚と結婚するとなれば、当然残りの人生を海中で過ごすことになるわけで。
水中生活に適応できるようになる秘術はあるらしい、が。
逆に陸上生活には戻れなくなるということであり、要するに人間をやめるということだ。
その選択には抵抗があるし、もちろんこのまま無人島生活を続けたくはない。
救助が来てくれるという最善の未来に一縷の望みを託しているのが現状だ。
「……そんなに、私のこと嫌い?」
「嫌いだったら保留にしないできっぱり断ってるわ」
これも問題の一つで、ぶっちゃけて言えばこんな可愛い娘を嫁に貰うなら色々投げ捨ててもアリかなと思えてしまうのである。
外見だけでなく、数日間一緒に過ごして内面的にも魅力的だと知ってしまったわけで。
「じゃあ、好き?」
ああ、もう。ちょっと照れた顔がたまらなく可愛い。
ここで抗えるほど強い精神は持ち合わせていない。
「……ドちくしょう。残りの人生と天秤にかける程度に好きだから困ってるんだよ」
「えへへ。じゃあもう一押し、かな」
ああ、もう、駄目だ。何だかんだで受け入れる未来しか見えない。
多分、最初から。可愛いと思ってしまった時点で決まっていたのだろう。
さようなら、人間としての人生。