蓄積-きねん-

綾葉誕生日おめでとうということで長いです。

俺の名前は空沢光司。
それなりに名の知れた大学に通う、大学一年生だ。
本日11月11日は俺の恋人、夜舞月綾葉の誕生日。
ということで駅前で待ち合わせているわけだが。


「……ふぅ」
珍しく、俺が待つ方。
綾葉と出会ってから2年半。俺の方が早かった例なんか数えるほどしかない。
どちらにしろ待ち合わせより早いからどうでもい
「だーれだっ」
突然、温かい手で視界が塞がる。
こんな少し古臭いことをする相手は2人しか知らない。
「……美里さん」
あえてわかりきった不正解を選ぶ。
「もー!わかってて言ってるでしょー」
「まあ、声だけで綾葉だってわかるしな」
頬を膨らませながらとてとてと前に回り込んできたのは、綾葉。
今日も今日とて抜群のファッションセンスで着飾っている。
「罰として光司は今日1日あたしと付き合うんだよ」
「罰なのか、それは……」
「細かいことは気にしない。大事な日なんだからガンガン行くよー」
「大事な日、ねえ」
そりゃ特別な日であることは否定しないが。
「こ・う・じ。今日は何の日っ?」
「綾葉の誕生日。俺達が2人で祝うのはもう3度目」
「そう。あたし達が出会ってから3回目のあたしの誕生日は、今日しかないんだよ」
「……なるほど」
この上なく前向きだ。
俺にとっては綾葉と一緒にいること全てが日常と化している。
綾葉は、多分逆。俺と一緒にいる毎日が特別なんだろう。
そう考えるとすごい嬉しいな。違ってたら単なる勘違いヤローだが。
「よし。そういうことならガンガン行くか」
「おー!」
「それで、本日のご予定は?」
「んと、夜は母様が御馳走作ってくれるから、それまで普通にデートかな」
「おっけ」
最近は夜舞月家への訪問にためらいや気負いがなくなった。
ご両親が俺のことを息子として扱うせいで、こっちも開き直るしかなくなった。
「映画見に行こ、映画。面白そうなのやってんだー」
「はいはい。どこまでもお供いたしますよ」
腕を組んで、と言うか綾葉に引きずられるように歩き出す。
「あのね、『帰ってきた恐怖のプランクトン人間』っていうタイトルなんだけど」
「……帰ってくるなよ」
タイトルからすでに地雷臭がするんですが。


「ね、ね?面白かったでしょ?」
「確かに、いい方向で予想を裏切られたよ」
近所のファミレスで昼飯を食いながら映画の感想を話し合う。
『帰ってきた以下略』は予想通り客の入りこそ最悪だったものの、クオリティは非常に高い良作だった。
「最近は恋愛映画ばっかりやってたから映画見るのも久しぶりだね」
「そういえばそうだな」
「アクションものも何か似たようなのばっかりだし」
「アニメは少ないし」
「そうそう。映画になるアニメって最近同じのばっかりなんだよね」
俺達は割と映画好きだったりする。
まあ、デートにありがちな恋愛系は嫌いだからまず見ないが。
理由は簡単。他人の恋愛なんかつまらない。
この点で俺と綾葉の意見は完全に一致している。
「映画以外の娯楽が少ないってのも問題だよな」
「この辺って中途半端に都会なんだもん。せめてカラオケぐらいは欲しいよ」
「高校時代は気にならなかったのにな」
高校時代は綾葉の受験に俺の受験で思い切り遊ぶことも少なかった。
大学に入って自由な時間が増え、その潰し方に困るようになった。
「昔は光司と一緒なら何でも幸せだったから、さ。
どんどん欲張りになって色々したくなっちゃうよ」
「……そいつは恥ずかしい」
これもある意味すれ違いと言うのだろうか。結論は同じでも、過程が全く違う。
「恥ずかしい……って、やん。そういう意味じゃないってばー」
「多分綾葉の思ってる意味でもないぞ」
悶える綾葉に冷静にツッコミ。
俺が恥ずかしいと言ったのは『光司と一緒なら何でも幸せ』の部分。
綾葉のはきっと『色々したくなっちゃう』の辺りだろう。
……いや、色々してもいいけど。俺だって男だし。
「光司も相変わらずクールだよね。大学でもモテモテなんでしょ?」
「それは……ないな」
綾葉至上主義を貫いている以上、あまり深く付き合う友人はいない。
もちろん、言い寄ってくる異性などいようはずもない。ただ1人の例外を除いて。
「むー。大学でも光司の魅力に気付く人がいないなんて、それはそれでちょっとやだなー」
「知らない相手から果たし状を受け取る生活の方が俺は嫌だよ」
「まーだー言ーうーてーるーアールーかー」
何故かエセ中国人風味でぐにぐにと頬を引っ張ってくる。
果たし状というのは、綾葉と俺の始まりとも言える、本人はラブレターのつもりだったらしい挑戦的な文面の代物。
数少ない綾葉の過去の汚点だったりする。微笑ましくもあるがね。
「何でこんな意地悪になっちゃったんだろ。あの頃の光司はクールで純真でかっこよくて」
「眠そうでだらけてサボって」
「そ、それはー。そうだけどー」
美化しすぎな思い出の中でも否定できない点らしい。すごいぞ、俺。
「あたしの幸せな思い出を茶化さないで」
「茶化すも何も、そこは俺の本質だよ」
綾葉の隣でだらだらしてれば幸せ。安い人生だよ、まったく。


「ありがとうございましたー」
不自然な笑顔の店員からクレープを2つ受け取る。
たまに公園に出ている屋台。
普通ならできるまでわくわくしながら待っている綾葉は、現在ベンチでダウン中。
はしゃぎすぎで疲れたとか何とか。
あの綾葉がそこまで言うのだから、そのはしゃぎようはもはや人間の領域を突破していると言えよう。
ふとベンチの方に目をやれば、何故か見たことのある制服の男が3人で綾葉を囲んでいる。
平和だった母校にもそういうのはいるんだな。
「綾葉。何やってんの?」
男達を無視して横に着席。
正面から見ると柄の悪さと頭の悪さが滲み出ている感じ。
「ナンパ……かな」
可愛らしく、くりんと首を傾げる。声をかけたくなる気持ちもわからんでもない。
「オイ兄ちゃん。アンタなにもんだ?あァ?」
「見ての通り。恋人同士」
「んなこたぁ聞いてねんだよ!」
ぐん、と胸倉を掴まれて立たされる。服が伸びると嫌だから抵抗しない。
「綾葉、クレープ持ってて。落とすともったいない」
「あ、うん。食べてていい?」
「俺の分残しとけよ」
のほほんと危機感ゼロで会話してみる。
「てめ、なめてんのか、コラ!」
「あー。何か用ならまず話してくれ。日本語わかる?Can you speak Japanese?」
「んだ、コラ!」
うっわ。英語使っただけでキレたよ。語彙少ないし。
「目的は何?綾葉とデートしたい?俺を殴りたい?
あ、俺のファンで綾葉が憎いとか無しな。気持ち悪いから」
「ぶっ飛ばすぞゴラァ!」
何がやりたいんだろうなあ。何考えてるかわかんねぇ。
見た感じケンカ慣れしてるようには見えない。
外見と口調だけで脅せば何とかなってきたってことか。
母校はまだまだ平和なようで安心。
「へ、へへっ。ビビってんのか?」
「いやいや。日本語が通じないらしいから黙っただけ。
とりあえずそっちの言いたいことは解読できないこともないけどね」
「っのヤロウ!!」
俺の一言に簡単に逆上し、拳を振り上げる。
笑えるくらいに無駄な動きが多いんですが、やっちゃっていいかな。いいよね。
「はいはい」
特に拘束されていない両手で、胸倉を掴む腕の関節を極める。
「ぁがっ!?」
「不良やってくなら骨が折れるとこ見といた方が後学のためになるか。
ほら、そっちの2人もよく見とけ。5、4、3」
「いた、やめ、ごめんなさいごめんなさい」
あっさり謝った。あれ、ちょっと泣いてる?
「謝るヒマがあったらさっさと去れ。これ以上デートの邪魔すんな」
手を放してやると、ひいひい言いながら逃げ出す。
「わー。光司かっこいー」
「……かっこいいか?」
呑気な歓声を上げる綾葉の隣に座り直す。
かなり悪役の物言いだったと思うぞ、俺は。
「やっぱケンカ強いねー。鍛えてますから、ってヤツ?」
「相手が弱かっただけだよ」
「光司が強かったんだってー」
「どうかね」
ちょっとケンカ慣れしてれば負けない相手だった気が。
「で、綾葉」
「なあに?」
「俺の分を残しておくように言わなかったか?」
「あ……へっへー」
声が聞こえないと思ったら。
「笑ってごまかすな」
軽くでこピン。ついつい許す俺も甘いな。


「ただいまー」
「おじゃまします」
夜。夜舞月家の邸宅。広い庭、広い玄関にも慣れた。
「やあ、おかえり。光司君も、ただいまだろう」
出迎えてくれたのは夜舞月家の大黒柱、真樹さん。
このフレンドリーさにはまだ慣れない。
「父様、もしかしてずっとここで待ってたの?」
「あったり前じゃないか。今日は可愛い娘の誕生日だからね」
真樹さんが歯を光らせて笑う。
多分普通の親は誕生日の娘を仁王立ちで待ったりしない。
「さ。ママの料理ができるまで談笑でもしようじゃないか」
「ちっちっち。今日の光司はあたしが独り占めするから父様の出る幕はないよ」
綾葉が得意げに指を振る。
俺の意見は……ってそうか。今日は綾葉に付き合うんだったな。罰として。
「なるほどね。それじゃあ邪魔するわけにはいかないかな」
「うん。部屋にいるからご飯できたら呼んでね」
「はいはい、ごゆっくりー」
「……失礼します」
ニヤニヤしている真樹さんに軽く会釈し、階段を上がる綾葉の後を追う。
階段に一番近い部屋。
『AYAHA』というネームプレートがかかっている。
端に『ノックすべし』と書いてあり、
さらに『光司以外は』と書き足されているのは綺麗に無視した方が精神衛生上よろしい気がする。
隣の部屋の『光司(仮)』というネームプレートは目に入れちゃいけない。
俺は知らない。何も見てない。
「ほら、入って入って」
「んじゃ、遠慮なく」
女性の部屋に入るという緊張も特になく、慣れた動作で床に敷かれた絨毯に座る。
綾葉が座るのは、俺の正面。ベッドの上。
ぐるりと部屋の中を見回して。
「……また増えたか?」
「んー、そだねー
淡い暖色系でまとめられた、外見重視のようでありながら居住性と実用性をも兼ね備えた部屋。
その空間を埋め尽くすのは、大量のぬいぐるみ。
綾葉の隣に座っている2m近いクマから、俺の隣で人参をくわえている手の平サイズのウサギまで。
サイズも種類もバラバラな、デフォルメされた動物達。
総数を数える気すら起きない。
「そっちのネコが、大学で始めて光司からキスしてくれた記念。
このカバは、光司のご両親にいつでも結婚していいって許可をもらった記念」
何か俺絡みで特別なことがある度に増えていくらしい。
俺と綾葉が過ごした日々の山。
「うちの親は特殊だから記念にならんと思うがね」
「いいの。これであたし達を阻むものはないんだから」
ぎゅ、と『光司と恋人同士になれた記念』であるらしいクマを抱き締める。
「それで、今日の分も増えるのか?」
「んと。光司と出会ってから3回目の誕生日記念でしょ。
絡まれたところを助けてくれた記念もかな」
「細かいなあ……」
何回目であろうと綾葉の誕生日を祝うのは当然。まあ、これは別にいい。
綾葉が絡まれたら助けないわけがないし、そもそも絡まれないに越したことはない。
俺にとっては何でもないこと。
「嬉しかったから、それでいいんだもん」
綾葉にとっては、全部大切なこと。
「左様で」
「その内この部屋じゃ足りなくなっちゃうね」
「だろうな」
俺の不器用な愛情表現から一部過剰なぐらいに受け止めてくれた愛情。
綾葉は貪欲に柔軟に幸福を感じている。
そんな綾葉の隣にいるだけで俺は幸せ。
「ずっと一緒にいようね、光司」
整った二重の目が、つり上がり気味の眼が、強い意志を秘めた瞳が、心ごと俺を射抜く。
逆らう理由も逆らえる理由もこの世に存在しない。
「俺でよければ、いつまでも」
積極的に、能動的に幸福を得る綾葉。
消極的に、受動的に幸福を得る俺。
正反対で少し歪かも知れないが、2人でいればそれでいい。そんな人生。
「へっへー。何かプロポーズみたいだね」
「綾葉からってのがまた俺達らしいな」
「あー、んー。プロポーズは光司からしてほしいかな」
「何を考えてるか大体わかるが、俺にかっこいい台詞を期待しても無駄だぞ」
「ちぇ。一生に一度なんだから夢見たっていいじゃん」
残念そうな口調ながら、顔は笑っている。
―――コンコン
「ディナーの時間だよ。最中だったりはしないよね?」
「ぶふっ!?」
ノックとともに投げこまれる爆弾発言。
……本当に親かこの人。何の最中だよ。
「もー!何言ってるのよ父様ー!」
「はっはっは。愛し合っているのなら何をしても照れることはないだろう」
「そんな照れるようなことしないもん!」
待て待て。ドアを挟んできわどい話をするなそこの親子。
「光司君だって色々したいだろうから、求められたら拒んじゃいかんぞ」
「そ、そうなの?」
「期待のこもった目で見るな。俺はノーマルだ」
思わず頭を抱える。ついていけん。
「おっと。光司君の性癖の話は後にしよう。
早くしないとママの料理が冷めてしまうよ」
「そだね。行こ、光司」
「りょーかい」
真樹さんの言葉の前半は聞こえなかったことにして、差し出された綾葉の手をしっかりと握る。


―――そんな特別で大切な、いつも通りの日常。

もうどうなんですかねこの2人。
いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしくさりおって。
いや、はなからそういうもんなんでいいですけど。いいですけど!
思わず平仮名だらけになっちゃいましたよ。