『へたれ強気と幽霊屋敷』

今年はもう百合強化年度としましょうか。
女の子同士が書きやすくて仕方ありません。
しかし御令嬢×へたれ強気は趣味に走りすぎた感もあります。
へたれ強気らしさを中々表現できなくて、かなり長くなってしまいました。
長くても書けるなら、お題で修行している甲斐もありますか。

「うっわー……まさに、って感じね」
二人組の少女の小柄な方――繭瀬春香が、呆れ半分、感嘆半分の感想を漏らす。
彼女達の視線の先には、洋館。経年劣化した外壁はひび割れ、繁殖した蔦が這っている。
“何か出そうな”という形容がぴったりの、“まさに”それっぽい洋館。
「ええ。実際に被害の報告もあるそうですわ」
二人組の背の高い方――叢雲天乃が、苛立たしげにゆるふわウェーブの髪をかき上げる。
「まったく。“危険だから”などという下らない理由で、こんな素敵な物件を私から隠すなんて。
こういうところがあるから、実家の権力も良し悪しですわね」
「叢雲家の一人娘だもん、多少は過保護でも仕方ないっしょ。
愚痴なら後でいくらでも聞いたげるから、今は早く活動開始しよ?」
「そうしましょうか。超自然現象探究倶楽部、出動ですわ」
超自然現象探究倶楽部。それが彼女達に共通する属性である。
名前が表すままに、現代科学では解明できない現象の真実を見究める――いわゆるオカルト研究部。
超能力から心霊スポット、異星人異世界人異次元人まで。
ありとあらゆる世界の不思議を求めて、東へ西へ歩き回る二人組である。
部長・叢雲天乃が実家の権力を存分に利用して不思議プレイスの情報を蒐集するのが常であり、
「ようし、ごーごー」
この洋館も、その一つである。


――ギシィ
「やわぁっ!」
北向きの玄関を入って正面階段を上り、東側の廊下。
二部屋の探索を終えて、東端の部屋へ向かおうというタイミングで床板が軋む。
「はわわ……びびびびっくりしたあ」
「少々、驚きすぎではございません?」
「ちょろっと油断してただけだってばっ!
別に怖いとかそういうんじゃないから!」
天乃の腕にしがみつきながらそんな台詞を吐く。
語るに落ちる、とはこういった状況を指すのだろう。
「まあ、春香が気を抜くのもわかりますけれど」
天乃はあえてツッコむこともせず、退屈そうな表情を隠さない。
一階をを調べ終えても何も出てこない。
上物の訳アリ物件に膨らんだ期待が空振りでは、不機嫌にもなる。
「次は……寝室。何かあるならここかしら」
間取り図を確認しながらドアノブに手をかける。
不安も躊躇も、微塵も感じられない。
内開きの扉を勢いよく開け放った瞬間。
「ぴぃっ!?」
室内を風が通り抜け、黒い影が大きく翻る。
悲鳴を上げた春香が涙目で天乃に抱きつく。
天乃は平然と部屋を見回し、ため息を一つ。
「枯尾花、などと風流なものですらありませんわね」
幽霊の正体見たり黒カーテン。
全てが怪奇現象に見える春香と、全てが退屈な現実にしか見えない天乃。
見えている世界が違う、と表現しても過言ではない。
「ただの布と風、それだけですわよ。春香」
「な、泣いてない!泣いてないよ!これは目にゴミが入っただけで!
んもう、何で窓が開きっ放しなのよー」
ぐしぐしと拳で目をこすり、しかしもう一方の手は天乃の服の裾を握ったまま。
そんな春香の頭を撫でてやっていた天乃が、何かに気付く。
「……窓が開きっ放し。玄関は閉まっていて、私が持ってきた鍵で開けた。ここは二階」
確認を重ねるように呟きながら、天乃が窓に歩み寄る。
裾を握る春香も、仕方なくその後についていかざるを得ない。
「鍵は……壊れてませんわね。勝手に開くものではなく、曰く付きの屋敷を適当に管理しているとも思えない。
誰かが開けなければこの状態にならない。
では、誰が。何の為に?」
「……泥棒、とか」
半分自問のような天乃の呟きに、現在の活動を否定するような現実的な意見を返す春香。
「確かに、外観からすればそういった目的で侵入する者がいる可能性もありますわね。
ただ、窓が無傷である以上、玄関を開錠し、物色しつつ窓を開け、また玄関を施錠して出て行ったことになりますわ。
多少、不自然ではなくて?」
「まあ、普通は閉めなおさないよねー。じゃあ、天乃の見解は?」
「中から開けたと見るのが妥当な状況。つまり、窓を開ける何かが最初から中にいた。
そう考えれば、閉じた玄関と開いた窓に説明はつきますわ」
「……なにかって、なによぅ」
聞きたいような聞きたくないような、複雑な表情の春香がさらに強く天乃の服の裾を握り締める。
「そこまでは、推測の材料が足りませんわ。
私達が求める常識外の存在かも知れませんし、ただの不法居住者かも知れません。
もちろん、希望としては前者であってほしいですけれど」
――ギシィ
「ふにゃああ!!」
つい数分前にも聞いた音で、春香が天乃に飛びつく。
「大丈夫。床が軋んでいるだけですわ」
変わらず冷静な天乃が春香の頭を撫でてやっているが、その瞳は屋敷に入ってから初めて輝きだしている。
「――廊下の床が、ね」
「あ、あめのぉ……」
「落ち着きなさいな。たとえ地縛霊であろうと地底人であろうと、春香を傷つけさせはしませんわ」
「天乃……ううん。天乃。あたし達は二人で一つの超自然現象探究倶楽部。
一方的に守られるのなんて無しだよ」
震える声で。
それでも、隣に立つ少女と張り合うように堂々と宣言する。
絆と誇りに懸けて。
「ええ。では、存分に探究しましょう。対象は、誰もいないはずなのに軋む床。
改めて、超自然現象探究倶楽部、出動ですわ」
「ようし、ごーごー」