『君の笑顔のために、この手が血に染まろうとも』

このイチャイチャしにくいテーマで書いてしまいましたよ。
ニュアンスと言うか二人称の乖離はもう気にしない。
手が汚れてる→洗ったらええやん、という適当な発想が意外とすっきりまとまって自分でも驚いた。
例によって無駄に詰めてある裏設定は98%無駄になるでしょうが。

手を洗う。
指先から爪の間、指の股、手の平と手の甲。
濡らした布で丁寧に拭き清めていく。
綺麗な手だ。産毛の一本も生えておらず、爪は測ったように揃えられ、指紋の類は存在しない。
「マスター」
「うん?」
その手の持ち主から声をかけられる。
顔を上げると、人間離れした美貌がすぐそこにある。
美女と美少女の中間ぐらいの年恰好。シミ一つない、雪原のような白い肌。
「私の手は、汚れています」
「うん、まあ、だからこうして拭いてるわけで」
「物理的な意味だけではありません。私の手は、血に汚れています」
「……だなあ」
俺が手を拭いてやっているのには理由がある。
自分で拭けないわけでも、『拭いて欲しいなぁ?』なんていう甘えた話でもない。
彼女は、人間じゃない。ガイノイド……女性型のロボットだ。
触れても人肌と遜色ない、機能面では人肌よりも高性能な人工皮膚。
或いは、つつけば柔らかくへこむ弾性と強靭なパワーを併せ持つ人工筋肉。
吐息すらも再現する、決して嗄れない澄んだ声音を発し続ける人工声帯。
握りこぶし大でほぼ無尽蔵のエネルギーを生む内燃機関。エトセトラエトセトラ。
現代の最先端技術を組み合わせれば、精巧に人に似たロボットを作り上げることは難しくない。
「それでも……」
透き通った瞳に揺れる感情は、寂莫か。悔悟か。
ロボットには有り得ない、感情。
外形を精巧に人に似せることができても。澱みなく会話が可能な人工知能が普及しても。
“感情”という領域は未だに人間だけの聖域である。
今、目の前にいる彼女を除いては。
「それでも、変わらず私の手を引いて下さいますか?」
「当たり前だ」
その特殊性ゆえ、俺達の生命が脅かされたのは一度や二度じゃない。
解体して原理をつきとめようとする者。人間以外が感情を持つことを許さない者。
無事な今があるのは、彼らを全て撃退したからだ。
戦闘能力など無きに等しい俺に代わり、実際にやったのは彼女だ。
自衛の為だから仕方ないとは言え、やらせたのは俺だ。
だからこの手が汚れていると言うならば、それは俺の罪でもある。
ついでに、そんな事情は全部放り投げても、俺はこいつと添い遂げる。
「でしたら、マスター。そんな顔をなさらないで下さい」
「生まれつきこんな顔だよ」
自分のものより丁寧に磨き上げた手が、俺の頬を這う。
茶化してはみたが、心配される程度には気の毒な顔だったのだろう。
「私の全ては、マスターのためにあります。
何も憂えることなく……笑っていて、下さいませ」
うにうにと、軽く頬を揉み解される。
「マスターの幸せが、私の幸せなのですから」
「それを言うなら……」
俺にはもったいないほどの献身的な台詞に対し、反撃として頬をつまんでやる。
手と同じように滑らかな肌。いつまでも触れていたくなる、魅惑の感触。
「お前も笑っててくれよ。男ってのは単純だからさ、惚れた女の笑顔に弱いんだ」
「はい。……こう、ですか?」
左右対称の無表情が、柔らかく緩む。
この世界で、俺だけが独占できる“笑顔”。
たとえようもなく美しく、たまらなくいとおしい。
「軽く抱き締めてもいいか」
「きつく抱き締めていただいても構いませんよ」
許可が出たので、しっかりと抱き締める。
胸元に押し付けられる二つのふくらみも、耳元の色気のある息遣いも全部俺のものだ。
「マスター」
「うん?」
「また、あらって下さいますか?」
「当たり前だ」