『どんなに遠く離れていても、ずっと心は傍で君を思う』

非常に厳しかったものの、筆はノリノリでさっくりかけてしまった。
遠く離れている=直接触れ合ってイチャイチャできない。
この状況下でラブラブ感を醸し出すのはかなり難易度が高いです。
もうこれが限界。
しかしこう、お題でツンデレっぽいのも実は珍しいでしょうか。思い当たるのが雷の妹くらい。

乙女心は複雑なのよ。


そんな常套句を初めて聞いたのは、もう十年以上前だろうか。
まだ子供だった自分に、複雑な乙女心など理解できなかった。
純真で純粋で単純で、この世界は全てシンプルだと信じて疑っていなかった。
やりたいことをやって、生きたいように生きるんだ、と。
しかし翻って今。当時より少し大人になってわかること。
自分にも、確かに乙女心なる恥ずかし機関が搭載されているらしい……。


「……よし」
化粧を落としてお風呂に入って、寝巻きのだぼだぼでサイズの合っていないシャツに着替えて。
決して人前になんて出られない格好だけど。
髪の毛を梳いて歯を磨いて、鏡の前で笑顔の練習も完璧にして。
準備は万端、だ。
寝室のベッドへ飛び込み、布団をかぶり、抱き枕代わりの大きなネコのぬいぐるみを抱き締めて。
深呼吸を一つ。
平均より大きい自信のある胸が高鳴る。期待とときめきとフクザツなオトメゴコロ。
もう一つ深呼吸をして、壁にかかっている時計を確認して、ネコの首輪に備え付けられたスイッチをオン。
長い長い数秒の呼び出し音の後、聞き慣れた・聞き飽きた・聞きたかった声がネコの口に内蔵された機器から発せられる。
『おーっす、おつかれさん』
「……おす」
内心とは裏腹に、アタシの口から出るのは無愛想な声音。
甘えたい。けど、甘えた声なんか出せない。出したことがない。
『今日もいい声してるな。一日の疲れが癒される』
「適当なこと言ってんじゃねーわよ」
癒されるのはこっちも同じ。
数万光年離れた恋人から、超光速で届けられる声。
ネコを抱き締めて、スピーカーを耳に密着させる。
吐息の一つだって聞き逃してやるもんか。
『お、そうそう。また荷物送ったから楽しみにしてな』
「今度は何?」
『イヤリング。お前の澄んだ瞳みたいに綺麗な色だったから、思わず買っちまった』
「……またそういう無駄遣いを」
どうせ高価なものじゃないのはわかっている。
侮ってるわけじゃなくて、気楽に送る程度だから。
気合の入ったプレゼントだったら、何があろうと直接手渡しに来る奴だから。
嬉しい、けど。
『無駄と評されるのは心外だな。美しく装った彼女の姿を見るための投資だよ、これは』
「今までの全部付けたら明らかに装飾過多だっての」
アタシの宝石箱とクローゼットに、どれだけのプレゼント【宝物】が詰まっているのか理解してるんだろうか。
『そこはそれ。ハイなセンスにお任せして、だ』
「はいはい」
直接会える機会に、アタシがどれだけ悩んでめかしこんでいるか理解してるんだろうか。
『いつも通り、お古で包んでおいたからな』
「……ん」
緩衝材代わりの、着古した服。
アタシの部屋着や寝巻きになる、貴重な資源だ。
『逆だと、ものっそい変態ちっくだよな』
「うっさい。そもそもサイズ的にアタシのなんか入んないでしょ」
『まぁな』
変態呼ばわりは心外だ。
たまに匂いを嗅いだりする程度で、いかがわしいことはしていない。
アイツの着ていたシャツを着て、アイツから貰ったぬいぐるみを抱き締めて、こうやって中身の薄い会話を楽しむ。
この時間だけは、隣に寄り添ってくれていると思えるから。
『……っと、もうこんな時間か。無駄話は楽しいね、まったく』
無駄だなんて、とんでもない。
内容自体はろくでもないことでも、こうして言葉を交わしている時間が無駄なわけがない。
「じゃあ、そろそろ」
『あぁ、おやすみ。愛してるよ』
「ッ! ん、お、おやすみ」
最後にさらっとぶち込まれる一言に、心拍が跳ね上がり、反射的にぬいぐるみをきつく抱き締める。
なんて、卑怯な、不意打ち。
平静を装って返したが、ぬいぐるみを挟み潰さんばかりに全身が強張っている。
あーもう。あー、もう。
通信の切断からたっぷり一分。
湧き上がる感情の渦を処理して、通信が切れていることを確認して。
「……こっちだって大好きよ。バカ」
素直な気持ちを、物言わぬネコのぬいぐるみにぶつける。
本人になんか伝えられない・伝えたくない。
好きで、好きで、大好きで、いつまで経ってもアタシの心は奪われたままで。
でも。決して表には出さない。


乙女心は、複雑なのだ。