武士と執事が共存する世界観て、どないやねん。
ということで、脳内設定は存在しますが整合性とか不安なので脳内に保留。
武士娘と女執事で迷いましたが、まぁ好みに走りました。
しかしこれを武士娘と呼んでいいのかは自信がないです。
満開の桜が咲き誇る広大な庭園の一角。
一際見事な巨木の根元で酒を酌み交わす、二つの人影。
「よし、もう一度乾杯だ」
袷の胸元を露に着崩した和装の女性、飛鳥あぐり。
帯も緩め、乱れた裾からは引き締まった脚が覗いている。
締まりのない格好の中で唯一、艶やかな黒髪だけが頭頂部で丁寧に結われ、彼女の仕草に合わせて背中で揺れる。
豪気さすら感じさせるその笑みと態度から、散る花とは別種の美しさが醸し出されている。
「今度は、何に?」
対するは、花見には似合わぬ黒服を着こなす男性、蘭堂徹。
酒盛りの最中とは思えぬほどの居住まい。
無表情ではあるが、慇懃な態度に確固たる忠誠心が宿っている。
「そうだな……散っていく儚い春に」
「ええ。では、儚い春に」
お互いに軽く杯を掲げ、呷る。
「っふう。うまいな」
「はい」
「くくっ。自分が明日にも散ろうかってのに桜に想いを馳せるとは、皮肉だな?」
と、あぐりが手の甲で口の端を拭い、自嘲気味の笑みを漏らす。
「そんな私についてこなきゃならないあたり、大分巡りの悪い運命だな」
「戦場を駆けるのは武人の誉れ。そして貴女に仕えることが俺の誇りです。
不運だなどと、思ったことはありません」
返す徹。淡々とした口調から、本心は窺い知れない。
「堅ッ苦しいなあ、徹。何のための花見だと思ってんだ」
「花を愛でると同時に、酒で精神を弛緩させ、腹を割った話をしやすくする。
防諜対策も万全ですし」
ぐるりと周囲を見渡しても、目に入るのは桜、さくら、サクラ。
密室に籠るよりも、よほど盗聴されにくい。
「わかってんなら腹割って話せっての」
「と、言われましても。貴女に出逢えた幸運に感謝こそすれ、嘆く理由はありません。
間違いなく、それが俺の本音です」
「……ちっ、恥ずかしいヤツめ」
徹の真っ直ぐな視線に、舌打ちを返しながらもどこか楽しげに唇を緩める。
「それで、本題は何でしょうか。
俺に恥ずかしい台詞を言わせるための花見ではないでしょう?」
「ああ? ああ、本題な。お前は、死にたくないとか思ったことはあるか?」
忘れていたかのように、改めて問うあぐり。
「いつも感じていますよ。戦場に立つのが怖い。死にたくない。
貴女の許可なく、死ぬ訳にはいかない……」
淡々と返す徹。その口調は、恐怖心とは縁遠い。
「ったく、お前らしいよ」
「では、あぐり様は?」
「私は……死ぬのなんて怖くなかった。そうあれかしと育てられた。
戦場で死ぬんだと、疑うこともなかった」
「過去形、ですか」
声音を落としながらさりげなく強調された部分を、敏感に察する。
「そうさ。ふと気付けば、捨てきれない未練が多すぎる。
一度気付けば、見なかったことにできるわけもない。
死にたくないと思ってしまえば、武士道とは死ぬことだなんて、言えるわけがない。
華々しく散るよりも、どんなに無様でも生き残りたい」
「……左様で」
「『左様で』じゃねーっての。お前が一番の未練なんだよ。
お前を残して逝きたくない。もっとお前と一緒にいたい。その為に、絶対に死ねない」
「光栄です」
熱を秘めたあぐりに対し、徹はどこまでも表情を崩さない。
「ちっとは照れるとかしろよ……こちとら乾坤一擲で臨んでんだぞ」
ぐっと、杯を呷る。
「今更照れることもないでしょう。お互いの気持ちは、既に知っていたつもりです」
「言葉にしたい時もあるんだよ。私も、乙女だからな」
「それは察しが悪くて申し訳ありません。
貴女のことをお慕い申し上げて……愛しています」
ざあ、と風が花びらを舞い散らせる。
視界が歪むほどの桜色の嵐の中、中心にいる二人は決して揺るがない。
「そうだよ。その一言が欲しかった。それさえ聞ければ、私はいくらでも戦える。
死なないし、死なせない。それが私の覚悟だ。
だから……死ぬなよ、徹。命令だ」
「はい、承りました。死にませんし、死なせません。あぐり様」
桜吹雪に遮られることなく、視線が交わる。
「よし、もう一度乾杯だ」
「今度は、何に?」
言い交わしながら、互いの杯に酒を注ぐ。
「そうだな……お前の想いに」
「ええ。では、貴女の想いに」
掲げた杯に舞い落ちる、花、ひとひら。