『本屋に行く』

補足として『人間社会に馴染むために』というのがあったんですが。
完全にアレとかアレとかの続きにしろって話ですよね。
結局書けなかったので続きませんでしたが。
あと、細かい話はまたいつも通りツッコミ無用で。この辺の人外は専門外なので。

ごくごく平凡な街中の書店。
習慣である週刊漫画誌の立ち読みを終えた俺の目に、場違いな人影が飛び込んでくる。
内側から光を放つような荘厳な金髪が、腰まで長く伸びている。
瞳の色は、周囲の空気を呑み込むほどに深く紅い。
軽く眉間に寄った柳眉と、整った鼻梁、唇や耳といった細部に至るまで奇跡的に調和している。
その身に纏うのは黒。闇よりもなお暗い膝丈のワンピース。
立っているだけで絵になる長身の美女だが、狭い本棚の間で立ち読みをしている姿はアンバランスな印象を受ける。
老若男女の区別なく視線を独占する、そんな彼女の視線の先にある本の背表紙を覗き込んでやると……
摂食障害と向き合う〜過食症と拒食症〜』
さらに、ちぐはぐな印象が強まる。
「それは無礼が過ぎるんじゃないか」
「おっと、こいつは失礼」
さすがに近付きすぎたのか、中性的な口調の澄んだ声で注意されてしまった。
彼女の名前はローザ。
その容姿と名前から容易に推測できる通り、日本人ではない。
「そんな悩みがあったとは知らなかった」
「現状に一番近いのはこれだろう、というところだ。
厳密に当てはまるわけがないことぐらい察せ」
「ですよね」
結論から言えば、日本人どころか人間ですらない。
吸血鬼。ヴァンパイア。そういった単語で呼ばれる、闇に生きる種族。
それも、真祖に近い由緒ある血統らしい。
そんな彼女が、日本くんだりで俺みたいな冴えない一般人の恋人(人じゃないが)に収まっている。
もちろん、嫌になるくらい複雑な事情はあるんだが……詳細は略す。
「で、どっち? 過食? 拒食?」
「過食だ。最近、貧血気味だという愚痴を誰かに聞かされて少し気になってな」
「あぁ、うん、その誰かは俺だけどね」
吸血鬼の食事と言えば、読んで字の如く。
餌の確保が難しい現代吸血鬼の主食は、正体を知る近しい人間。
「必要以上にお前を求めてしまうのは、精神的要因もあるのだろう。
偶然なのか必然なのか意図的なのかはわからないが、精神構造は人間に近い。
参考になる部分もあるはずだ」
本から目を離すことなく、平然と会話を続ける。
思考を分割する程度のことは、ローザの非凡な才能の片鱗でしかない。
そんな彼女が摂食障害だとかストレスだとか、説得力がなさ過ぎる。
過食という症状だけは、本人と同等に実感しているが。
「あんなん冗談だから、そこまで気にせんでも」
「いいや。下僕や奴隷ならともかく、お前に迷惑をかけるのは沽券に係わる。
干渉は無用だ」
「さいですか」
高貴な生まれの常として、彼女の誇りを合理で阻むことなど出来はしない。
そもそも、俺がローザの行動を阻んだこと自体が殆どない。
ローザのやることなら何でも許せてしまう甘ちゃんなのだ。
「ということで、買ってくる」
流暢な日本語でカバーを頼み、袋を断る、堂々とした態度。
身構えていた店員がローザに畏敬の念を抱く様は、もはや見慣れた光景だ。
「待たせたな、行こうか」
「んぃ、どこ行くかね」
「……その、だな。できれば人気のないところに」
「食事か?」
「舌の根も乾かぬ内に、という感じで恥ずかしいが」
「いいってことよ。惚れた女に求められて嬉しくない男なんていないさ」
求められる、の内容が多少常識を逸脱しているくらいは些細なことだ。
「そう言ってもらえると、助かる。
……ありがとう」
「っ!」
これだ。この笑顔だ。俺以外に見せたことのない、反則的な可愛らしさ。
心理系魔術が苦手だとか言ってたくせに、この絶大な魔力。
「どうした?」
「何でもねぇ。ローザへの愛を再認識しただけだ」
「そうか。こちらこそ、大好きだぞ」
「っ!!」
心臓が跳ねる。頚動脈が、甘く疼く。
吸血衝動が過食症に分類されるならば、この想いは何なのか。
ローザも同じ想いだと自惚れていいのならば。
「ローザ、やっぱそれ過食症じゃないわ」
「うん?」
「人はそれを恋の病って呼ぶんだ」
「……うん」