ハッピーバースデー綾葉

去年の分を眺めたら時間軸が設定されてませんでした。
一昨年の分は二年生だったので今年は三年生です。

俺の名前は空沢光司。
それなりに名の知れた大学に通う、大学三年生だ。
家事の類に縁のない駄目人間であったはずの俺が、何故か台所に立っている。
特別な日とは言え、厳しいものがあると言わざるを得ない。


「一口大ってのはどの程度の一口なんだ」
「んー。もう少し小さめじゃないと火の通りが悪いかも」
「油の量が書いてないんだが」
「フライパンに広がるくらい……って、そんな慎重じゃなくていいから」
「弱火とか中火の基準はどこだ」
「もう、ちょい弱め……うん、もうちょい」
「塩……適宜……?」
「軽く適当でいいってば」
レシピと首っ引きなわけだが、料理慣れしていない俺には、微妙な匙加減がさっぱりわからん。
プロ級の料理をあくまで趣味だと言い張る俺の恋人――夜舞月綾葉にいちいち聞きながらの作業である。
「……こーじ。ひじょーに言いにくいんだけどさ」
「なんだ。火使ってるから簡単にな」
「料理、向いてないと思う」
はっきり言われた。
「自覚はある」
「いい加減なのはもちろんダメだけど、光司は細かすぎて全然完成する気がしない」
「一人でやってたら先に進まないだろうなあ」
「ま、とりあえず終わりにしちゃおっか」
「うむ。それで、色が変わるまでってどのくらい」
「……光司」
珍しく綾葉が残念な顔をした。


「おーいーしーいー!」
「いや、そうでもないだろ」
食う。特に失敗はない、というそれだけのレベル。
綾葉の腕がスタンダードになると、その差に愕然とする。
「愛情っていう最高の隠し味が入ってるからね」
そんな俺をよそに、満面の笑みである。
「左様で」
そこまで言われては返す言葉もない。
誕生日プレゼントとしては満足していただけたようだ。
「光司は、どうだった?
向き不向きはともかく、誰かのために料理するのって楽しいでしょ」
「それは、まあ、わかる」
綾葉に喜んでもらいたい。
そうした気持ちが割とわかりやすい形にできる。
受け手にとってどうなのか、食べさせてみるまでわからないのが難しいところではあるが。
今度から、綾葉の料理へのリアクションを大きめにしよう。うん。
「あ、でも、いきなり目覚めちゃうのはなしだよ。
光司の分はあたしが作るんだから」
「わかってる」
というより、こんなもん日常的にできるわけがない。
「綾葉」
「なあに?」
「いつも、ありがとな」
「ゆあうぇるかむ。光司のためならのーぷろぶれむだよ」
笑顔で即答。
言外の意図まで全部お見通し、か。敵わんね。
「訂正。大好きの光司のためなら、ね」
「それはわざわざ付け加えんでいい」
相変わらず俺は幸せ者である。


――綾葉を形成するものをまた一つ知った、いつも通りのバースデイ。