やはり自分の誕生日だと一緒だと忘れませんな。
いや、衣緒はともかく光司くんは忘れても一向に構わんですが。
息子の誕生日なんざ適当に設定改変したって誰にも文句はないでしょうし。
そんな感じでいつもの二人なのさ。
俺の名前は空沢光司。
それなりに名の知れた大学に通う、大学二年生だ。
一応成人したということで、初めての酒に口をつける。
その祝いの場が我が家でないことに、もはや違和感も覚えない。
「では、光司の二十歳の誕生日を祝いまして。かんぱーい!」
いつも通りテンションの高い俺の恋人――夜舞月綾葉に、
「乾杯」
いつも通りの平板な口調で応える。
夜舞月家の縁側、塀の向こうには桜並木。中天には満月が浮かんでいる。
初飲酒には不釣合いな高級感溢れる盃も含めて、俺にはもったいないほどのシチュエーション。
「光司。月が綺麗だね」
「ん、あぁ」
俺の視線を追ったのか、夜空を見上げた綾葉の言葉。
一拍置いて、いつも通りに『綾葉の方が綺麗だ』などと適当に返そうとした口を閉じる。
綾葉の瞳が、何かを期待している。
俺の返答を期待しているのはいつものこと。どんなことを言っても、綾葉は受け入れてくれる。
だからこそ、今の綾葉が望んでいるのは少し特別な何か。
数秒の逡巡で、可能性は一つ思い浮かぶ。
『あえて直接言わないのが日本人の奥ゆかしさだ』と悶絶していた国語教師の顔とともに。
まあ、文豪の逸話に思い当たったところで気の利いた返しが思いつくわけでもなく。
「……俺もそう思うよ」
"me too."を曖昧に訳すのが精一杯だ。
「へっへー。たまにはこういうのもいいね」
「左様で」
常にストレートに好意をぶつけてくる綾葉にしては珍しい。
多少は、酒が飲める程度には、大人になったということだろうか。
「でもやっぱり光司大好きー」
前言撤回。
手元の盃に微塵の配慮も見せず、受け止めることを全面的に信頼してタックルかましてくるのは大人じゃない。
「知ってるから、抱きつくのは予告してからにしてくれ」
「はーい。じゃあ、キスするね……んちゅ」
隙のない動きで、予告通りに唇を奪われた。
何と言うか、もう。お手上げだ。やっぱり綾葉には敵わない。
「もう一回乾杯しようか」
「何に、だ?」
名目なんて何でもいいと、お互い理解している。
だからこそ、知りたい。俺にはない綾葉の感性を。
「んーと、光司とあたしの幸せな前途に、とか」
「了解。綾葉と俺の幸せな前途に」
「「乾杯」」
――今が盛りの花と月だけが、俺達を見守っていた。